慢性疲労症候群の客観的診断に有効なバイオマーカーを発見
この研究発表は下記のメディアで紹介されました。<(夕)は夕刊 ※はWeb版>
◆10/17 共同通信47NEWS※
◆10/18 朝日新聞、読売新聞、
日本経済新聞(夕)
◆10/19 産経新聞、化学工業日報、
医療NEWS QlifePro※
◆10/24 大阪日日新聞、大学ジャーナル※
◆10/26 NHK「おはよう日本」(関西版)
◆11/1 日刊工業新聞、EconomicNews※
◆11/22? 産経新聞
その他、地方紙等多数掲載
概要
医学研究科システム神経科学の山野 恵美(やまの えみ)特任助教、理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センターの渡辺 恭良(わたなべ やすよし)センター長(大阪市立大学名誉教授)と片岡 洋祐(かたおか ようすけ)チームリーダー(大阪市立大学客員教授)、関西福祉科学大学 健康福祉学部の倉恒 弘彦教授(くらつね ひろひこ)(大阪市立大学客員教授)、慶應義塾大学 先端生命科学研究所らのグループは、原因不明の疾患である慢性疲労症候群(CFS: Chronic Fatigue Syndrome)患者の血漿成分中の代謝物質に特徴的な変化が見られることをメタボローム解析(代謝物質の網羅的解析)により明らかにしました。これらの代謝物質を詳しく分析した結果、CFS患者では細胞のエネルギー産生系および尿素回路内の代謝動態に問題があることや、血中の代謝物質の濃度が疲労病態を反映している可能性が示唆されました。さらに、代謝物質のうちピルビン酸/イソクエン酸、オルニチン/シトルリンの比が患者では健常者と比べて有意に高いことから、これらが慢性疲労症候群の客観的診断に有効なバイオマーカー(診断マーカー)となりうることが分かりました。
今後、さらなる疲労病態の解明や、血液検査による臨床現場での客観的なCFS診断手法の確立、治療法の開発を進めるうえでも重要な成果であると考えられます。
本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌 サイエンティフィック?リポーツに英国時間2016年10月11日午前10時(日本時間:同日午後6時)に掲載されました。
【雑誌名】
Scientific Reports
【論文名】
Index markers of chronic fatigue syndrome with dysfunction of TCA and urea cycles
【著者】
Emi Yamano, Masahiro Sugimoto, Akiyoshi Hirayama, Satoshi Kume, Masanori Yamato, Guanghua Jin, Seiki Tajima, Nobuhito Goda, Kazuhiro Iwai, Sanae Fukuda, Kouzi Yamaguti, Hirohiko Kuratsune, Tomoyoshi Soga, Yasuyoshi Watanabe & Yosky Kataoka
【掲載URL】
http://www.nature.com/articles/srep34990
研究の背景
慢性疲労症候群(CFS: Chronic Fatigue Syndrome)は原因不明の強度の疲労?倦怠感により半年以上も健全な社会生活が過ごせなくなる病気です。通常の診断や従来の医学検査では、CFSに特徴的な身体的異常を見つけることができず、治療法も確立していません。原因として、ウイルスや細菌の感染、過度のストレスなどの複合的な要因が引き金となり、神経系?免疫系?内分泌代謝系の変調が生じて、脳や神経系が機能障害を起こすためと考えられていますが、発症の詳細なメカニズムは分かっていません注1)。
1988年に米国疾病予防管理センター(CDC)がCFSに関する報告を行って以降、そのメカニズムの解明、バイオマーカーの探索、治療?予防法の開発を目的としてさまざまな研究が行われてきました。これまでに、ウイルスの活性化や自律神経機能異常を指標としたものなどがCFSのバイオマーカーとして提案されてきましたが、これらはCFSの病態メカニズムに則したものではなかったり、CFSの専門医でないと診断が難しいといった問題がありました。そのため、よりCFSの病態メカニズムを反映し、CFSの客観的な診断を一般の医療施設でも可能にするバイオマーカーの確立が望まれていました。
2015年2月、全米アカデミーの1つである米国医学研究所(IOM: Institute of Medicine of the National Academies)より、CFSに対する新たな疾病概念としてSEID(systemic exertion intolerance disease)が提唱されました注2)。
この提言では、CFSやSEIDは罹患した患者の健康や活動に深刻な制限を加えるような全身性の慢性の複雑な疾患であり、重篤な場合には患者の生活そのものを破壊する深刻な病態であることが明記されています。さらに、臨床医に対して、このような病態は重篤な全身疾患であることを理解して診断、治療に取り組むように勧告するとともに、今後5年間で科学的根拠に基づく米国診断基準を作成する必要があると提言されています。
注1) 医学の歩み 最新?疲労の科学、Vol.228、No.6、2009
注2) IOM (Institute of Medicine). Beyond myalgic encephalomyelitis/chronic fatigue syndrome: Redefining an illness. Washington DC: The National Academies Press (US); 2015 Feb.
研究の内容
今回の臨床研究は、CFS患者に特徴的な代謝物質を発見するための試験1(トレーニングデータセット)と、その結果の妥当性を確認するための試験2(テストデータセット)に分けて実施し、それぞれの試験で異なる被験者を対象に行いました。具体的には、試験1ではCFS患者47名(平均38.1歳、女性41名、男性6名)と健常者46名(平均38.8歳、女性41名、男性5名)、試験2ではCFS患者20名(平均36.2歳、女性10名、男性10名)と健常者20名(平均36.1歳、女性10名、男性10名)に協力いただきました。これらの被験者から血漿サンプルを採取し、キャピラリ―電気泳動質量分析計(CE-MS: Capillary Electrophoresis Mass Spectrometry)1を用いて網羅的メタボローム解析を行いました?
試験1の結果、解糖系のピルビン酸、TCA回路前半のクエン酸やイソクエン酸、尿素回路のオルニチンやシトルリンにおいて、CFS患者群と健常者群との間に濃度の違いが観察されました(図1)。これにより、CFS患者群では、解糖系からTCA回路への流入、TCA回路前半および尿素回路において代謝機能が低下していることが推測されました。
図1 メタボローム解析により定量化された代謝物質の経路図(一部抜粋)
解糖系、TCA回路、尿素回路の代謝物質においてCFS患者群と健常者群で濃度の違いが認められました。
図中の“CFS”はCFS患者群、“HC”は健常者群を示しています。
次に、測定された代謝物質を用いてコンピューターを使用したパターン識別手法2による解析を行ったところ、CFS患者群と健常者群を判別するうえでイソクエン酸、ピルビン酸、オルニチン、シトルリンが有効な代謝物質であることが示されました。これは、長期的な疲労病態を反映して①解糖系からTCA回路流入の機能低下(ピルビン酸濃度の上昇とイソクエン酸濃度の低下)と②尿素回路の機能低下(オルニチン濃度の上昇とシトルリン濃度の低下)が特に顕著に起こったためと考えられます。そこでこれらの機能低下の指標として、①ピルビン酸/イソクエン酸、②オルニチン/シトルリン、の2つの代謝物質比を設定しました。試験1(トレーニングデータセット)および試験2(テストデータセット)において、上記2つの代謝物質比をCFS患者群、健常者群で比較すると、いずれもCFS患者群のほうが有意に高いことが確認され、2群を判別するうえで有効な指標であることが示唆されました(図2)。
図2 試験1?2における2代謝物質比の2群間比較
試験1(トレーニングデータセット)、試験2(テストデータセット)いずれにおいても2つの代謝物質比は
健常者群と比較してCFS患者群の方が有意に高いことが確認されました。
図中の“CFS”はCFS患者群、“HC”は健常者群を示しています。
2つの代謝物質比がどの程度正確な診断指標となるかを検証するため、2つの代謝物質比を用いた多変量解析モデルを作成し、ROC曲線3を用いてAUC値4を求めました。その結果、2つの代謝物質比を組み合わせた指標は高精度でCFS患者群と健常者群を判別することが可能であり、CFSの客観的な診断に有効なバイオマーカーとなりうることが示されました(図3)。
図3 試験1(トレーニングデータセット)および試験2(テストデータセット)を用いたROC曲線
いずれのデータセットにおいても、ピルビン酸/イソクエン酸、オルニチン/シトルリンの
2指標を組み合わせることより、高いAUC値を得ることができました。
これは、高精度でCFS患者群と健常者群を判別できる妥当性が確認されたことを意味しています。
期待される効果
本研究で発見した代謝物質の2つの比(ピルビン酸/イソクエン酸、オルニチン/シトルリン)を組み合わせてバイオマーカーとして用いることにより、CFSの客観的診断が可能になることが考えられます。またこれらの代謝物質の変化は病態そのものを反映している可能性があり、生体内のエネルギー産生代謝系および尿素回路系のうち、どの部分に機能低下があるかを推測し、患者の病態に合わせた治療方針を立てる上でも役立つことが期待されます。
今後の展開について
本研究で発見した代謝物質の比によるCFS患者群と健常者群の判別が、異なる背景(人種など)をもつ集団にも適用しうるか、さらに検討します。また、CFSを発症していない慢性的な疲労の自覚がある人のサンプルを用いて解析を行い、詳細な疲労病態の解明に向けて、さらに検証を加えていく必要があります。その上で、診断バイオマーカーとなりうるこうした代謝物の濃度比を一般の医療機関でも検査できるよう、医療システムを構築していきたいと考えています。また、今回の研究成果によって判明したCFSの代謝病態を是正するような食薬の開発も期待されます。
【補足説明】
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